社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会

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第57回 鉄道90年記念奨励賞

■第一位

心に二つのものさしを

森川 詩穂

   “心に二つのものさしを――。”
 中学生の頃、教室の片隅にそんな貼り紙があったのを覚えている。あの頃は気にも留めなかったし、当然、言葉の意味を深く考えてみることもなかった。しかし、教師の道を選んで十二年。私は日々、あの言葉を噛みしめながら生徒と向き合っている。
 T君と出会ったのは、教職に就いて間もない頃だった。彼には、LD(学習障害)の一つである識字障害があった。一般には、教科書や黒板の文字が歪歪んだり欠損したりして見えるため、正しく読むことができないといわれる障害だ。しかし、文字が識別できないということは、正しい書字も困難だということであり、教科書を音読したり、板書をノートに写したりすることが中心の授業形態の中で、T君は、周囲が想像する以上にたくさんの壁に阻まれながら授業を受けていたことになる。
 当時私はすべての生徒に、一日一頁二百字の漢字書き取りを課していた。課題の提出は最初の習慣づけが大切であり、忘れた生徒に対しては、厳しく指導した。将来社会に出て、期限やノルマを求められる中で仕事をしていくには、必要な力だと考えていたからだ。
 提出初日、漢字練習の課題を忘れてきた三名の生徒の中に、T君もいた。私は三名の生徒を立たせ、クラスメイトの前で叱責し、明日から全員の漢字帳が揃ったら、教室の掲示板に一つずつ花をつけていくという勝手なルールを決めた。さらに、学年でどのクラスが一番たくさん花を集めるか競争だと、中学一年生の純粋な対抗心を煽った。
 次の日、漢字帳を忘れてきたのは、T君一人だった。しまったと思った時には遅かった。クラスメイト全員の冷たい視線が、T君に集まった。その日私が、T君を公然と叱ることはなかったのだが、クラスの何人かは、裏切り者が罰を受けないことに、不服そうな顔をしていた。T君はその時間ずっと、目にいっぱいの涙を浮かべ、俯(うつむ)いていた。
 自分が、どうしようもない過ちを犯してしまったことはわかったが、どうすれば良かったのかは分からなかった。T君が書字にも識字にも困難を抱えていることは当然知っていた。そんな彼にとって、漢字練習が大きな負担であろうことも頭では分かっていた。漢字練習の仕方を変えること、量を半分にすること、方法はいくらでもあった。しかし私は、集団を相手に指導する中で、例外を作ることが怖かった。「T君だけずるい。」「だったら僕も提出しない。」生徒がそう主張し出したとき、T君の名誉を守りながら、周りの生徒を納得させるだけの説明をする自信がなかった。だから一律のルールを崩せず、結果としてT君に必要な配慮を欠いた。自分の教師としての沽券(こけん)を守るために、T君を犠牲にしたのだ。
 しかしT君は次の日、漢字帳を持ってきた。字形も点画もめちゃくちゃだったが、確かに二百字、彼の字で練習してあった。その日からT君は、一日も忘れずに漢字帳を提出した。T君のクラスの掲示板には、数え切れないくらいの花がついた。私は内心ほっとしていた。そして次第に、なんだ、やればできるじゃないかと考えるようになっていた。
 終了式の直前、最後の漢字帳提出日だったと思う。T君の漢字帳に、一通の手紙が挟んであるのに気付いた。差出人は、彼のお母さんだった。手紙には、クラスでたった一人漢字帳を忘れた日、T君が泣きながら帰ってきたこと。学校に配慮を求める連絡を入れようとしたが、やめて欲しいと懇願されたこと。そして、T君が毎日、二時間かけて漢字帳に二百字の漢字を練習していたことが記されていた。鉛で頭を思いきり殴られたような気がした。私は一度、自分の過ちを悔いたにもかかわらず、再び彼の死に物狂いの努力の上に、胡坐(あぐら)をかいていたのだ。
 手紙の最後は、どうぞ息子の努力を褒めてやってほしいと締めくくられていた。私にはできなかった。褒めるとは、相手を立派だと認めることだ。私なんかよりずっと立派な人間を褒める言葉など、あるはずがない。あの時の私がT君にできるとすれば、謝罪しかなかった。
 それから程なくして出会ったのが、K君だった。K君には吃音があった。リラックスした場面での会話は問題なかったが、授業中の発表など、緊張感が高まれば高まるほど、最初の文字が詰まって言えなかった。
 そんなK君が、後期の室長に立候補したのだ。私は心配だった。室長になることで、それまでよりもずっと人前で発言することが多くなる。案の定、K君は授業始めの挨拶で躓(つまづ)いた。カ行を特に苦手とする彼にとって、
「これから、国語の学習を始めます。」
というフレーズは、とても難易度が高かった。
 「ここっこここっれから、こっここっこくごの学習を始めます。」
 クラス中から、どっと笑いが起こった。K君の顔がみるみる紅潮し、瞳が震えているのが分かった。
 「一生懸命な人間を笑うな!」
 反射的にそう一喝すると、クラスは一瞬で静まり返った。私は持てる限りの言葉で、K君の抱える困難と、周りの人間ができる心構えについて精一杯伝えた。その後、K君がどんなに言葉に詰まろうと、笑いが起こることは決してなかったし、彼が無事に言い終えるまで全員がじっと待った。周囲の生徒の温かさと、何よりも彼自身の人望がそうさせたのだと思う。私自身、T君の時には言えなかった一言が言えて、ほんの少し贖罪が果たせたような気でいた。
 しかし、私はまたしても「ものさし」の使い方を間違えることになる。
 学年集会では、各クラスの室長が輪番で始めの挨拶をすることになっていた。順番通りならば、その日はK君が担当する番だ。私は迷った。一学年三百人の大所帯で、クラスとは違い、K君のことを知らない生徒もたくさんいる。極度のプレッシャーがかかる中、いつも以上に吃音の症状が強く出ることも危惧された。もしも笑いが起こり、それが今後の嘲笑やいじめにつながったら……。迷った末に私は、K君を飛ばし、次のクラスの室長を指名したのだ。
 K君が職員室へやって来たのは、その日の放課後のことだった。
 「先生、次の学年集会のときは、僕に挨拶をさせてもらえませんか。」
 またしても、大きな鉛玉で打(ぶ)たれたような気持ちになった。私は、K君ができること、したいことを自分の基準で勝手に判断し、忖度したような気でいた。しかしそれは、配慮でも何でもなく、彼から挑戦するチャンスを奪っただけだった。
 K君はその後、文化祭でクラス合唱の前にする学級紹介を、全校生徒千人の前で立派にやり遂げた。出だしで何度か言葉に詰まった彼を見て、会場は若干ざわついた。しかし、ステージの上で表情一つ変えず、真っ直ぐ前を見てK君の言葉を待ち続けるクラスメイトの姿に、たちまち静寂を取り戻した。私が超えられないと判断した壁を優に超えていくK君と、それを見事に支えた周囲の子どもたちの姿に、私は強く心を打たれ、同時に自分の未熟さを痛感した。
 T君やK君、その他にもたくさんの生徒との出会いを通して、私は、「二つのものさし」が指すものが少しだけ分かった。教室の隅に貼ってあったあの言葉には、二つの挿絵が添えられていた。一つは、背丈の異なる三人の人が、同じ高さの台に乗り野球を観戦するものだ。当然、一番小さな人は、壁に阻まれて試合を観ることができないし、一番大きな人には、台など必要なかった。もう一つの絵は、それぞれが背丈に合わせた台に乗り、皆が同じ高さの目線で野球を観戦するものだ。
 教室で求められる合理的配慮とは、それぞれの障害や特性、個性に合わせ、必要な支援や配慮を行うことだ。授業中、タブレットなど他の生徒が使わない機器を活用することや、課題の内容や量を変えることもあるかもしれない。しかしそれは、特別扱いでも不公平でもない。ただ、同じ教室で生活する仲間が、同じ高さで野球の試合を楽しむために、必要な配慮だ。心のものさしを変えた途端、不平等だと思っていたものこそ、本当は平等なのではないかと気づく。
 だが私は、もう一つのものさしも忘れてはならないと思うのだ。苦手でも、大きな困難を伴っても、人にはみな挑戦する権利がある。本人の思いを無視して、周りの人間が必要な台の高さを決めることはできない。それは、本人の心の中にあるものさしが決めることなのだから。
 心に二つのものさしを−−。この社会で生きるすべての人が、等しく豊かな人生を送るために、相手によって、まずは自分の持つものさしの尺度を変えること。その結果、周りの環境を整えたり、適切なサポートをしたり、あるいは配慮すること自体に理解を示す必要があるだろう。
 そして同時に、どんな配慮が必要なのか、そもそも配慮を求めているのか、それを決めるのは当事者自身の心のものさしだということを忘れてはならない。押しつけがましい配慮は、相手が挑戦するチャンスを奪い、ともすれば自尊心を傷つけることにもなりかねない。
 T君やK君の出て行く社会が、彼らに必要なサポートを当たり前に受けられる場所であってほしい。そして、彼らができること、したいことを初めから奪うような場所でないことを願ってやまない。
 心に二つのものさしを――。
 私は今日も、この言葉を胸に未来を生きる子どもたちと向き合っている。



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